「安重根」がキリスト教に改宗した理由について

>黄海道の道都・海州の両班の家に生まれる。
>東学党に反対していた安は追われてカトリック教会のパリ外国宣教会のジョゼフ・ウィレム(Nicolas Joseph Marie Wilhelm, 빌렘, 韓国名: 洪錫九)[4]司祭に匿われ、洗礼を受け[5]キリスト教に改宗した(洗礼名は「トマス」)[6]。

 2011年10月30日の時点では、安重根の生い立ちは日本語版wikipediaで上記のように要約されている。この内、「東学党に追われて改宗」したと云う記載についてだが……私見としては「根拠不十分」であると思われる。まず、本語版で示されている典拠を読んでも、彼が「東学党に追われていた処を外人司祭に匿われた改宗した」と云う内容は記載されていない。なるほど改宗したことは事実であるとは読めるが、「東学党に追われて・司祭に匿われた」と云う主張の補強にはならない。

 韓国語版を読む限りでは「安重根の家はカトリック大聖堂の建設に参加するほど篤い信仰心を持っていたため」彼も信仰を持ったのだと書かれているように思われる。日本語版では一切言及されていないが、彼の父もカトリックの信仰を持っていた。縁(えん)も縁(ゆかり)もあるわけだ。

 困ったことに、英語版では更に記載が異なっている。

>At the age of 16, An entered the Catholic Church with his father, where he received his baptismal name "Thomas" (多默; 도마), and learned French.
>While fleeing from the Japanese, An took refuge with a French priest of the Catholic Church in Korea named Wilhelm (Korean name, Hong Seok-ku; 홍석구; 洪錫九) who baptized him and hid in his church for several months.

「16歳の時に親父と一緒に洗礼を受けた。日本から逃げている間の数ヶ月、洗礼を受けた彼の元に匿われていた」っと。「日本から逃げている間」が何年何月であるか疑問は残るものの、とまれ「東学党に追われている処を匿われたから洗礼を受けた」と云う筋書きからは大きく外れる。彼が洗礼を受けたのは(英語版に従うなら)日本の某から逃げて司祭に匿われる以前のことだ。英語版の記述は韓国版のそれと大きく外れてはいない。

 私見を述べるなら【日本語版の記載は論拠が薄い】のであるから【東学党に追われて匿われたことが改宗の要因であるかのように読める文章は改められるべき】と考える。単に「ウィレム司祭から洗礼を受けてキリスト教に改宗した」と書くのが穏当だろう。

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 ……さて本論とは別に、小説『安重根』(作品社発行)で描かれた安氏の生い立ちと改宗に到る経過を簡単に要約しておきたい。(当然だが、小説の記載が正しいと主張はしない。誤解なきように。)
 彼は両班の家計に生まれた。しかし机に向かう勉強よりも、山に入って鳥獣を狩ることを好む傾向があったようだ。東学党の乱に際して、父子は義兵を募って地域の防衛にあたった。重根氏は直接戦闘にも参加したと書かれている。
 彼および彼の父がキリスト教に改宗した理由の端緒は、この東学党との交戦から始まる。敵の一部隊に勝利した彼ら義兵団は、敵から武器ならびに食料を鹵獲した。しかし、そも東学党と云う集団は経済力の高い反乱組織ではない。奴らの軍需物資はすなわち盜品である。東学党の乱が治まった頃、重根の父は政界の有力者から、公共物を盗んだとして訴えられた。だが、安一族からすれば、国家が乱れているなかで住民を動員して自らの土地を守っただけであるから、到底納得ができない。(財産を全て没収されるに等しい額面であったことも一因だろう)
 重根の父は裁判を通じて無実を訴えたが、結局は認められなかった。そんな彼を救ったのがフランス・カトリック教会である。彼は裁判で心身を磨り減らす中、カトリックへの信仰を深めていた。教会は彼を匿い、引渡しを拒否した。当時の朝鮮は、列強の干渉をはね除けられる状態にでは無かった。交渉の結果、重根父の罪状については有耶無耶にされることとなった。この一件により、彼はカトリックに深く傾倒することとなる。彼は地域住民に信仰を強制したり、聖堂を建てるなどして熱心に布教活動を進めた。安重根カトリックに改宗したのは、当然の成行きと言えるだろう。
 この後、安重根はしばらくの間、カトリック信者が巻き込まれた・引き起こした騒動を解決しようと度々奔走することになる。良く言えば人情味があって義侠精神に富んだ行動であると言えるだろう。彼は小説中で登場人物たちが重根を評しているように、「火」の気質をしているのだ。私は、横山三国志張飛を連想してしまう。そんな彼が引き起こすに至った事件については……小説で描かれた人物像からすれば、さほど突飛な行動とは思えないのであった。(肯定はしませんので誤解なきように)