『中国古典詩聚花4 思索と詠懐』

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●「詠懐詩 五首 其二」支遁

端坐隣孤影
(中略)
触思皆恬愉

端坐 孤影を隣りに
(中略)
触思のもの皆 恬愉(てんゆ)たり

※「隣」は編と旁が左右逆になった字である
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●「形影神・影答形」陶淵明

「影答形」
存生不可言
衞生毎苦拙
誠願遊崑華
獏然茲道絶
與子相遇來
未嘗異悲悦
憩蔭若暫乖
止日終不別
此同既難常
黯爾倶時滅
身沒名亦盡
念之五情熱
立善有遺愛
胡爲不自竭
酒云能消憂
方此何不劣

「影の形に答う」
生を存(たも)つは言う可からず
生を衞(まも)るすら毎に拙(つたな)きに苦しむ
誠に崑華に遊ばんことを願えども
漠然として茲(こ)の道 絶えたり《※1》
子と相遇(お)うて來(こ)のかた
未(いま)だ嘗(かつ)て悲悦を異にせず
蔭に憩えば暫く乖(はな)るるが若きも
日に止(とど)まれば終に別れず
此の同 既に常(つね)なり難し
黯爾として倶(とも)に時に滅びん
身沒すれば名も亦(ま)た盡(つ)く
之を念(おも)えば五情熱す
善を立つれば遺愛有らん
胡(なん)爲(す)れぞ自ら竭(つく)さざる
酒は能(よ)く憂いを消すと云うも
此れに方(くら)ぶれば何(なん)ぞ劣らざらん《※2》

崑華 崑崙山と花山、仙境
黯爾 暗い様
此同 「形と影」が一緒に居る状態

※1 当テクスト上では「然」でなく「焉」と書かれているが、検索するに「然」が主流であると思われる。はてさて?
※2 「言偏に巨」の字であるが入力できないため「何」で代用する
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●「形影神・神釈」

「神釋」
(中略)
與君雖異物
生而相依附
結托既喜同
安得不相語
三皇大聖人
今復在何處
彭祖愛永
欲留不得住
老少同一死
賢愚無復數
(中略)
甚念傷吾生
正宜委運去
縱浪大化中
不喜亦不懼
應盡便須盡
無復獨多慮

(中略)
君と異物なりと雖(いえど)も
生れながらにして相ひ依附す
結托して既に同じきを喜べば
安んぞ相ひ語らずを得んや
三皇は大聖人なるも
今復た何處にか在る
彭祖(ほうそ)は永年を愛せしも
留らんと欲して住まるを得ず
老少同に一死し ※1
賢愚復た數ふる無し
(中略)
甚だしく念へば吾が生を傷つけん
正に宜しく運に委ね去るべし
大化の中に縱浪し
喜ばず亦懼れず
應に盡くべくんば便(すなわ)ち須からく盡くべし ※2
復た獨り多慮すること無かれ

※1 テクストでは「老も少も同じく一たび死し」とある。……どちらも今ひとつ腑に落ちない感じであるか。
※2 死ぬというなら死にゆくのがよいのだ
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●「古風 其一」李白

(中略)
我志在刪述
垂輝映千春
希聖如有立
絶筆于獲麟

我が志は刪述に在り
輝(ひかり)を垂れて千春を映(てら)さん
聖を希(こひねが)ひて如(も)し立つ有らば
筆を獲麟に絶たん

刪述 孔子詩経を編纂したことを指す
千春 千の春=千年

李白の志が感じられる作品である。有名なので度々目にするが此処でも一応記しておく。
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●「秋懐 十五首 其二」孟郊

秋月顏色氷 老客志氣單
冷露滴夢破 峭風梳骨寒
席上印病文 腸中轉愁盤
疑懷無所憑 虛聽多無端
梧桐枯崢糝 聲響如哀彈

秋月の顏色は氷(つめたく)、老客の志氣(こころ)は單(さびしい)。
冷露が滴(おち)て夢は破られ、峭風が梳(けず)って骨は寒い
席上で病文を印すれば、腸中で愁盤(うれい)は轉(まわ)る
疑懷なれば憑る所無く、虛聽は多(すべて)を端無(ひろえぬ)
梧桐は枯れて崢糝(そうこう)たり、聲の響きは哀彈の如し

※あまり忠実に訓読していない
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●「野望」謝翶(謝皐羽)
  
心游太古後 轉覺此生浮
天外知何物 山中著得愁
岸花低草色 潮水逆江流
消盡盈虛裡 令人白盡頭

心は太古に游びてより後、轉(うた)た覺(おぼ)ゆ 此の生は浮(ふ)なるを
天外知んぬ何物ぞ、山中愁いを著し得たり
岸花 草色に低く、潮水 江流に逆らう ※1
消長盈虛の裡、人をして頭を白盡せしむ

※「岸」を山編にした字体
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●「老態」趙孟頫

>鄢花非眼雪生髯

黒花 眼に飛び 雪 髯に生ず

……緑内障の病體かしらん?

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●「絶句 四首 次九成韻 其二」倪瓚

断送一生棊局裏 ※
破除萬事酒盃中
清虚事業無人
聴雨移時又聽風


一生を断送す 棊局の裏
萬事を破除す 酒盃の中
清虚の事業 人の解する無し
雨を聴き 時を移して 又風を聽く

※棋
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●「感懷」楊基

位卑諌勿直 直諫君心疑
交淺言勿深 深言友誼欠
諤諤衆処惡 况復違逆之
豈不利於行 吐蘗而含飴
朝登千仭崗 振我身上衣
丈夫貴自潔 毋論他人非

位卑(ひく)ければ諌むるも直勿(なか)れ、直諫すれば君の心は疑う
交わり淺ければ言うも深くする勿れ、深言すれば友誼欠く ※
諤諤たるは衆の惡(にく)む処 况(いわ)んや復た之(これ)に違逆するをや
豈に行いに利あらば 蘗(はく)を吐きて飴を含まざらんや
朝(あした)に千仭の崗に登り 我が身上の衣を振わん
丈夫は自ら潔(きよ)くあるを貴ぶ 他人の非を論ずる毋(なか)れ

蘗 きはだ
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●「歳秒放歌」李攀竜

終年著書一字無 中歳學道仍狂夫
勸君高枕且自愛 勸君濁醪且自沽

終年 書を著(あらわ)さんとするも一字無く
中歳 道を学ばんとするも仍お狂夫
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●「覧鏡詞 二首」毛奇齢
漸覺鉛華盡
誰憐憔悴新 ※
與余同下淚
只有鏡中人

漸(ようや)く覺ゆ 鉛華の盡くるを
誰か憐れむ 憔悴の新たなるを
余(われ)と同じく淚を下すは
只(た)だ鏡中の人有のみ

※卒+頁でスイ
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●「書懷」袁枚

我不樂此生 忽然生在世
我方樂此生 忽然死又至 ※1
已死與未生 此味原無二 ※2
終嫌天地間 多此一番事

我は此の生を樂(ねが)はざるが、忽然として生まれて世に在り
我は方(まさ)に此の生を樂しむが、忽然として死に又た至る
已に死せしと未だ生まれざるとは、此の味 原(もとも)と二つで無く
終(つい)に嫌(いと)うは天地の間に 此の一番の事多きこと

此一番事 生死のこと

※1 テクストでは「亦」(また)になっているが検索するに「方」が優勢か
※2「樂」を「欲」とするテクストも散見される
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●「佛前飲酒浩然有得」張問陶

便將奇籌敵鴻荒
轉眼終須到北邙
佛老看空聊縦酒
海天遊遍且思郷
竟逢知己何妨死
未遇傾城不肯狂
夢踏翠虚陪上帝 ※
笑看傀儡競登場

便(すなわ)ち奇籌を將って鴻荒に敵せんとするも
轉眼 終には須らく北邙に到るべし
佛老も看ること空しくして聊か酒を縦(ほしいまま)にし
海天 遊ぶこと遍(あまね)くして且(しばら)くは郷を思う
竟に知己に逢わば何ぞ死を妨げんや
未だ傾城に遇わざれば肯えて狂ならず
夢に翠虚を踏みて上帝に陪(ばい)し ※
笑って看ん 傀儡の競いて登場するを


籌(ちゅう) はかりごと
鴻荒 はてしなく大きい天地または大昔のこと
轉眼 一瞬の間に
佛老 佛と老子の教え
北邙 墓地
海天 海と天
翠虚 青空

※足編に稻の右
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●「戒詩 五章 第二章」龔自珍

百臟發酸淚 夜湧如源泉
此淚何所從 萬一詩祟焉
今誓空爾心 心滅淚亦滅
有未滅者存 何用更留跡


百臟 酸淚を發し、夜ごと湧くこと源泉の如し
此の淚 何の從る所ぞ、萬一 詩の祟りとするか
今 爾(なんじ)の心を空しうせんと誓う、心滅せば淚も亦た滅せん
未だ滅せざる者の存する有れば 何を用って更に跡を留めんや

心を滅しても残るもの、それこそが自分なのだから、どうして殊更に表現する必要があるのだろうか?

何用 どうして…する必要があろうか
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●なお、"詩祟"についてだが
脚注で楊万里と元好問の詩が挙げられている。

「和蕭伯和韻」楊萬里
桃李何忙關又零 老懷昜感掃還生
略無花片經人眼 誰道春風不世情
腄去恐遭詩作祟 愁來當遣酒行成
子能覓句庸非樂 未必胸中用不平

「蕭伯和の韻に和す」
腄(睡)り去れば詩の祟り作(な)すに遭わんことを恐る

詳細は不明。

「夢歸」元好問
憔悴南冠一楚囚 歸心江漢日東流
青山歷歷鄉國夢 黃葉瀟瀟風雨秋
貧裡有詩工作祟 亂來無淚可供愁
殘年兄弟相逢在 隨分齏鹽萬事休

「帰るを夢む」
貧裡(裏?) 詩の工(たく)みなる祟りを作す有り

これも詳細は不明。
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●「欲覓」王国維

欲覓吾心已自難 更從何處把心安
詩緣病輟彌無頼 憂與生來詎有端
起看月中霜萬瓦 臥聞風裡竹千竿
滄浪亭北君遷樹 何限棲鴉噪暮寒

(中略)、更に何處(いずこ)從(よ)り心の安きを把らん
詩は病に緣(よ)りて輟(や)め彌(いよいよ)頼るところ無く、(中略)
(中略)

「欲覓」は『漢詩大系 清詩選』で触れているが、訓読の違い等があり此処でも記す。

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ついでに、解説で「偶成 其一」も言及されていたので記す。

我身即我敵 外物非所虞
人生免襁褓 役物固有馀
網罟一朝作 魚鳥失寧居
矯矯驊與騮 垂耳服我車

我が身は即ち我が敵なり、外物は虞(おそ)るる所に非ず

詳細は不明。