仄聞と云う言葉から考えたこと。仄の字義と仄かについて。

 中国語の発音について興味関心を抱いているならば、"平仄"の語は散々目にする。古今を問わず、声調言語である中国語ではトーン(声調)を耳麗しく(*1)配置する指向が存在するわけで、またこれが"陰陽"の概念・文化に代表される様に「対」(二項構造)を重んじる中華文明において「平(平らな音)-仄(傾いた音)」として体系化されたのは当然至極の事だ。
 さて、日本語には"仄聞"と云う語がある。ある辞書(Aと仮称)に拠ると「少し耳にはいること。人づてやうわさなどで聞くこと。」の意味とのこと。前述した"平仄"の語における仄の字義=傾いた とは一致しない。いや漢字には複数の字義を持つ例が多々見られるのだから此れは単に私の不勉強かもしれない。しかし別
の辞書(Bと仮称)には「ほのかに聞くこと。ちらっと聞くこと。うわさに聞くこと。」とある。……なるほど、確かに"日本語において"仄の字は「仄(ほの)か」として用いられる機会が多いのだから、この説明はさほど的外れではないだろう。だが、あるいは日本ローカルの用法なのではないか(*2)、そんな疑問が湧く。
 調べながら文章を練っているので、まずは確定しやすい事柄を処理しよう。仄の字には「1. 傾斜。2. 內心不安。3. 狹窄。4. 低賤;卑微。5. 旁邊。亦作「側」。6. 仄聲,古漢語四聲中上、去、入三聲的總稱。」の字義があるとされる。これらは5を除いた全てが「傾いた」から派生した語意だ。5の「側に同じ」はどうか。仄と側は平水韻において同じ韻目に含まれるのだから中古音において音が近いと認識されていたはずだ。漢字文化で文字の入れ替えは珍しいことではないから、本来は"側聞"と書くべきところ何らかの理由で"仄聞"と表記した、と考えるのはさほど不思議でもない。
 ただし、"仄聞"="側聞"と考えても、「ちらっと聞く」意味は確定できない。上で仄の字には「低賤;卑微」の意味があると書いたが、これは側が「正-側」の概念構造において下等に位置づけられるからと解釈するのが自然だろう。つまり、仄にも側にも「ちらっと」の意味は無いと思われるのだ。
 ここからは単なる憶測である。辞書に拠ると、"ほのか"には【仄か/側か】の二つが当てられている。これは、仄-側が入れ替わりやすいと述べた先ほどの主張を補強するのではないか。また、ソクブンは側聞/仄聞の両方が日本語IMEに辞書登録されているほど"生きた"言葉である。他に仄-側の両方を用いた語があるのだろうか。
 仮定を述べると、【"仄か/側か"の語は 仄聞/側聞の誤用から派生した 漢字本来の意味を外れた誤用である】のではないか。仄聞/側聞→少し耳に入いる→少し聞く と云う流れで仄聞/側聞の意味が誤解された。あるいは大和言葉に「ほのきく」が存在したことから、これを「仄聞く」と当てたことで仄聞の語意が更に誤解された、とも考えられる。

P.S.
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1312527893
↑には全く同意しませんね。