『中国語の"曖味"と日本語の「曖昧」の違いについて』

http://repo.lib.ryukoku.ac.jp/jspui/bitstream/10519/2198/1/nh-gen-kn_016_006.pdf
 中国語における「曖昧」は(a)「光量が少なく明瞭に見えない様」を連想の中核としている。この光の状態を示す意味は今でも失われていない、日本語で「微かな」「ぼんやり」と表現される視覚的条件を表せる場合もある(*1)。逆に日本語においては、「曖昧」の語で光学的条件は表現できない。
 日本語における「曖昧」は主に(b)「概念・感情および人間関係(表情,声,態度,返事,性格 等を含む)が不明瞭」である、もしくは境界が不明確であることを表す。つまりは『視覚的に見えないもの/ことを視覚的に表現する』わけだ。この(b)の意味は中国語にも存在する。
 日本語には(b)から派生して、(c)「怪しい、いかがわしい」の意味を持つ事例もある(*2)。或種の風俗を"曖昧宿"と表すのが好例かしらん。中国語には(c)の意味は存在しない。なので「怪しい・いかがわしい・後ろ暗い」の意味で曖昧を用いるのは誤りである。……が、男女関係の機微とでも言いますか、特に不倫・不貞関係を指す場合は「いかがわしい」と訳す方が適切な事例もある、かもしれない。ただし、これは日本語における"関係"が男女関係の略語であるのと同じくらいに拡張された用法だろう。むしろ語意ではなく文意でその都度に規定される拡張用法なのではないか、とすら思われるが(*3)。
 とまれ、初学者が無理に扱うべき用法でないのは確かだ。この事例に限らず、初学者が作文する場合は語意の起点と成っている核のイメージを踏まえて出来る限り一般的・中核的な語意を選択してゆくことが大事だろう。
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※1 霧による「ぼんやり」なんかも表現できるかは、ちと保留。
※2 と初めて知ったのでる。いや「曖昧な表情=オッケーサイン」くらいの文意は分かりますけど、"曖昧宿"なんて単語があったのですね。
※3 辞書が教えるのは白紙に近い状態での語意のみである。語意はときに、文意に引きずられて拡張される。拡張された語意も、単語の持つコア・イメージを基礎としているわけで関連性がないわけではないが、通常は普遍性がないとして辞書には掲載されない。しかし一部の天才が文中で用いた拡張は、時に普遍化してゆく。かつて"sex"に性交の意味は無かったが、とある天才が性交の代名詞として"sex"を用いたことで語意が拡張された。これは比較的近代のことである。